地平線へ向かって飛べ

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「こちらは2chTVの椎野です!」
ホテルの前でアナウンサーが中継をしている。
「明日は茂名党員、擬古氏の講演があるため、たくさんの人が集まっています!警備もすごいです!みてください」
カメラはアナウンサーから入り口のほうを向いた。「VIP閉鎖反対」などのプラカードが写る。
「えー・・・・vip市民の座り込みも見られますが、それよりも多くの擬古ファンが・・・あ!来ました!あれです!」
罵声と歓声が上がる。
「すごい声です!きこえますか?!あ!降りてきました」
擬古は皇室のように優雅に手を振り、ヨン様のように微笑む。ファンから歓声が上がった。
「擬古さーん!握手してください」
「サイン!サイン!」
「かっこいー!」
擬古氏は、28歳という若さとルックスでおばさんはもちろん、若い世代に多く支持され投票率をも上げた。
擬古は笑みを絶やさず、そして女の子にはより丁寧に手を握る。
「通れません!」
「ちょっと、道を開けてください!」
SPがファンを押しのけ、擬古はホテルの中に消えていった。
ファンは名残惜しそうにしていたが、去っていった。どうせ明日の講演にも行くのだ。
vipperも相変わらず玄関前に陣取っていたが、夕方には帰っていった。
他の都市への突撃などでvip市民を嫌う国民は多い。
そこで、vip市を廃止してしまおうという計画があるのだ。
廃止、即ち住民を全て他の地に移し町を閉鎖。市は時間が経てば自然にdatの海に沈んでいく。
それに反対したvipper――vip市住民――が廃止派に攻撃し始めた。
阻止派から廃止派の住む都市へ突撃、運営庁への押しかけが問題になり、vip市の規制が強くなった。
そのせいでますますvipperの不満は高まっていた。
そんな時期にvip市廃止派で、人気のある擬古氏が講演をするとなったらvipperは黙っていられない。
――翌日
公民館の会場で演台に立った擬古氏は予定通り講演を行た。聴衆はほとんどが女性。
立て板に水とはこういうことか、とブーンは聞いていて思った。しかし、会場で聞いていたわけではない。
裏口の見えるビルの一室にいた。この講演はラジオで生放送もされていたのだ。
内容はいかにvipを嫌っているかと、女性への賛美。
なにか面白いことを言うたびに―ブーンにはさっぱり分からなかったが―客席からどっと歓声が沸いた。
――そろそろか。
ブーンは銃を構えた。
11時15分。SPや秘書とともに現れた。
慎重に、狙いを定める。
照準機の中の擬古氏は笑っている。車がとまり、秘書がドアを開ける。
――そのきれいな顔をふっとばしてやるお!―― 引き金を引く。
擬古氏は倒れ、SPが駆け寄った。女性が叫んでいる。
――これでまた、vipperの印象が悪くなるお。・・・でもまぁ、関係ないことだお
ブーンは銃を片付け、ビルから出て行った。

その日の夜――
『今日、午前11時15分頃、AA市で講演を行っていた擬古氏が何者かに暗殺されました。
・・・・・警察は過激vipperの疑いが濃いと・・・・・』
ラジオは擬古氏暗殺事件の臨時ニュースばかりを流していた。
「物騒ですねぇ。」
マスターは拭いていたグラスを置き、ラジオを止めてCDを流す。
ここはバー"バーボンハウス"。知る人ぞ知る店である。一杯目のテキーラはサービスなのが有名だ。
「マスター、今日のお勧めはなにかお?」
「シベリアから送られてきたヲッカがありますよ」
「それを頼むお」
バーテンのショボーンがヲッカをグラスに注ぐ。
「シベリア直輸入です。どうぞ」
「ショボ、いつもありがとうだお。最近、バンドのほうはどうだお?」
「クリスマスライブをやるんです。チケット、割引しますよ」
ショボはヨーロッパ系の音楽を演奏するバンドに入っている。
今、店にかかっている曲もショボのバンドのものだ。ロシア民謡、アイリッシュさまざまな音楽を彼らは奏でる。
「ふぅ・・・」
ブーンが来た時に、客は中年の男性が二人と青年一人がいたが、いずれも10時前には店を出て行った。
ショボも11時にあがり、マスターとブーンの二人になった。
「今日は客ががすくなかったお」
「擬古氏の暗殺で、警察が外出を控えるように行っていましたよ。」
「そうかお。」
「まぁ、このへんは警戒区域に入ってないですけどね。」
マスターとブーンは紅茶を飲みながら話をする。
「十年前の、vip暴動見たいな事が起きなければいいお」
「そうですね。」
10年前に起こったvip暴動――当時のvipの管理をしていた悪政者・FOXに市民が耐えかね、暴動を起こした。
vipはおろか他の地域にも暴動は広がり、一部地域をのぞいて国内は混乱し、殺人、暴行などが横行した。
最終的に国王が出てきてFOXは国外追放、暴動も治まった。
しかしその被害は大きく、vip市から出てゆくものも少なくなかった。
また、とばっちりを受けた地域の民の中で、新たな土地へ移らなければやっていけない者もいた。
それから10年――再び、vipに危機が訪れようとしているのだ。
「あれはひどかった。vip市にいた私の知り合いも、何人かシベリアに移住しましたからね。」
マスターはいくつなのだろうか。ブーンよりは年上なのは確かだが、はっきりしない。
30に見えるときもあれば、50才に見えるときもある。
――なにはともあれ、ここは居心地がいいお
「ごちそうさまだお。」 ブーンはカップを置くと、コートを手に取り玄関へ向かった。
「また来てくださいね。待ってます」
ドアを開け、階段上がる。外はすっかり暗くなっていた。
ブーンは等間隔で並ぶ街灯の下を歩きながら、家路を辿る。
――さっきのマスターの話がひっかかるお――
vip大暴動の再来?まさか――もしそうなったら―― また悲劇が起こるのか。
――逃げて!ホライズン――
何年も思い出すことのなかった声が、ふいに聞こえた。
鼓動が早くなる。
―これは――気のせいだ、きっと、気のせいだお――
いつのまにかブーンは自宅の前に立っていた。無意識に走っていたようだ。
シャワーを浴び、ベッドに潜りこむとすぐにまぶたが下がってきた。
――おやすみだお。
ブーンは誰に言うでもなくつぶやき、眠りに落ちていった。

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