地平線へ向かって飛べ

鳥が飛んでいる。
白い鳥だ。
ノアの箱舟に出てくるのは鳩だったか。
オリーブを咥えて、新しい土地があることを知らせた。
水平線の向こうに、地平線の向こうに、何かがあるんだろうか。
そのことをずっと、今まで考えてきた。
そんな気がする。


起きるともう午後1時過ぎだった。
カーテン越しに射し込む、午後のやわらかな日差しが暖かい。
――10時間寝てたのかお・・・・
ブーンはあくびをひとつしてベッドから降り、服を着替えた。
黒いセーターに穴の開いたジーパンに着替え、さて何をしようかと考える。
仕事が休みでも、することがない。
とりあえず腹がすいているので飯を食べに行くことにした。
ジャケットを羽織り玄関を開けると、意外に外は寒かった。部屋に戻ってマフラーを巻き、ヌケドナルドに向かった。
平日のピーク時間を過ぎたヌケドナルドは、サラリーマンが数人、親子連れが2組いるだけだった。
「ビッグマックセット、飲み物はジンジャーエール」
人のいない奥の喫煙席に座り、ハンバーガーをパクつく。
なぜか置いてあった週刊少年VIPをめくりながら一服していると、急に鳥が見たくなった。
近くの河原にいるはずだ。
店を出て商店街を抜けると、河原に下りる階段がある。
冬のどんよりした空の下、河原にいるのは散歩をしているおじさんとホームレスだけだった。
暖かい季節には等間隔にカップルが並んで座っている。
川には鴨や白鷺、シベリアから渡ってきたユリカモメなどがいた。
みな餌をとったり中州で休んだり、思い思いのことをしている。
――ふぅ。
ポケットからつぶれた煙草の箱を取り出す。
うす曇の空を見上げ、煙を吐く。
――こんな日が、いつまでも続けばいい
――だが、いつまで続くのか ――続いてもいいのだろうか。 寝転んでそんなことを考えていると、携帯が鳴った。
ディスプレイを見なくても、誰からかかったかは分かった。
少し出るのが嫌だったが、通話ボタンを押す。

「もしもし?」
『おっぱい』
「おっぱい」
『おっぱいぱい!』
一瞬の間をおいて、男の声色が変わる。陽気な声だ。
『Jだ。よう、久しぶり。元気かい』
「いつもどおりだお。」
『そろそろ退屈してるんじゃないかって思ってな』
「場所は」
『B地点で』
「おk」
ブーンは電話を切るとため息をついた。
いつもコイツは、暇になったときを見計らって、仕事を入れる。
監視でもいるのか。
――まぁ、いるにはいるがお。
一年に6、5回、こうして電話がかかる。
他の同業者のことは知らないので、多いのか少ないのかは分からない。
――そんなことはどうでもいいお。
ブーンは鳥達を横目で見、駅の方へ歩き出した。

ちょうど帰宅ラッシュと重なり、駅のコンコースは人でいっぱいだった。
こんな人ごみで分かるか、と思ったが実際見失うことはない。
そもそも、見失ったらプロ失格である。
それに、足と目には自信がある。
人ごみを掻き分け、東改札口近くにあるキオスクについた。
スーツを着たサラリーマンの二人組みと、黒いジャンパーの男がいる。
その後ろに並ぶ。
サラリーマンはお茶を買うと出口へ歩きだした。
ジャンパーの男は年齢は20代だろうか、冴えない大学生風情の若い男だった。
男は煙草を買った。
ブーンもいつも吸っているタバコの銘柄を、店員のおばちゃんに言う。
財布から金を出すとき、さっきの昼食のレシートを落とした。
黒ジャンパーが拾う。
ブーンは「どうも」といってそれを受け取る。
黒ジャンパーは目をあわせもせず、改札のほうへ向かっていき、人ごみの中に消えた。
ブーンは電車の時間を確かめてから、トイレの個室に入った。
さっき拾ってもらったレシートを広げる。
ローソンのレシートで、裏に文字が書いてある。
それを頭の中に入れると、小さくちぎってトイレに流した。

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